ナイトクラブの店舗デザインと内装工事
■日本一のステータスを誇る歌舞伎町ホストクラブ
新宿歌舞伎町は、毎週のように新規出店や出退店が出てる状態です。
市場はどんどん大きくなっており、人気店と呼ばれる店舗では1か月1億円ぐらいの売上があります。歌舞伎町を平均しても1店舗で約1000万程あるそうです。歌舞伎町のホストクラブ店舗数は約300店舗と言われておりますので、歌舞伎町だけで月30億以上、年間で360億以上の一大産業になっております。
歌舞伎町のホストクラブは競争が激しい分、サービスは日本で1番といわれており、地方に進出すれば他を圧倒するくらいに人気になるとも言われており、地方から歌舞伎町に進出してくる所で成功するのはほんのわずかと言われるぐらい歌舞伎町のサービスはレベルが高い。
店舗内装も各店舗、特色が全く異なり数億掛ける店舗もあれば、それほどお金を掛けない店舗もあります。
個人を売込む職業の為、店舗内装はの大小はさほど関係ないのかもしれませんね。
歌舞伎町の歴史
1945年
東京大空襲で一面焼け野原となったが、第二次大戦後、石川栄耀や鈴木喜兵衛らによって「(現在の歌舞伎町一番街付近に)歌舞伎の演舞場を建設し、これを中核として芸能施設を集め、新東京の最も健全な家庭センターを建設する」という復興事業案がまとめられ、この都市計画から、計画担当者の石川栄耀の提案により、新しい町は歌舞伎町と名付けられた。結局、財政の面などからこの構想は実現せず、新宿コマ劇場が建設されるにとどまった。
1952年
西部新宿駅が開業。西武新宿線は新宿駅東口に乗り入れる計画だったため床が板張りの仮駅であった。
1960年
半ばになると各種飲食店、映画館、ボウリング場、サウナ、バッティングセンターに加えラブホテルやトルコ風呂といった施設が目立ち始めるようになっていった。
1977年
現在の西武新宿駅ビルが完成し、新宿プリンスホテルと西武新宿ペペが営業を開始した。西武新宿線はバブル期に新宿駅東口乗り入れ計画が再び浮上したものの、歌舞伎町商店街振興組合や新宿サブナード(新宿地下駐車場株式会社)等の反対やバブル崩壊などの影響もあり結局実現しなかった。現在西武新宿駅は一日約18万5,000人の乗降客があるターミナル駅として機能している。
旧新宿コマ劇場付近は中心の広場を複数の映画館が囲む形になっていたが、2008年以降閉鎖する映画館が相次ぎ、2014年12月31日に新宿東急文化会館内の映画館・新宿ミラノ座が閉館したため、町内の映画館が一旦全て無くなったが、2015年4月17日、新宿コマ劇場跡地にシネマコンプレックスのTOHOシネマズ新宿が開業した。

Project Profile
- Client
- ホストクラブ
- AREA
- 東京都 新宿区
- BUSINESS
- 運命のサービス接客業
- FLOOR SPACE
- 40坪
- PROJECT
- 施工・コンストラクションマネジメント
- LIGHTING PLAN
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- FURNITURE
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- BUILDING MANAGEMENT
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Project Member

K・OIKAWA





